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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16716号 判決

原告

町田喜一

山崎弘二

原告兼右両名訴訟代理人弁護士

青木亮三郎

大嶋芳樹

被告

甲野一郎

主文

一  被告は、原告町田喜一及び原告山崎弘二に対し、それぞれ金三〇万円、原告青木亮三郎及び原告大嶋芳樹に対し、それぞれ金五〇万円並びに右各金員に対する平成三年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告町田喜一及び原告山崎弘二に対し、それぞれ金一五〇万円、原告青木亮三郎及び原告大嶋芳樹に対し、それぞれ金三〇〇万円並びに右各金員に対する平成三年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告町田は、浦和地方裁判所昭和六一年(ワ)第一三〇三号土地所有権移転登記抹消登記手続等請求事件(以下「甲事件」という。)及び同裁判所平成二年(ワ)第七五八号損害賠償請求事件(以下「乙事件」という。)の原告であった者であり、原告青木は、甲事件の原告訴訟代理人で乙事件の原告であった者であり、原告大嶋は、甲乙両事件の原告訴訟代理人であった者であり、原告山崎は、原告町田の知人であり、被告は甲事件の被告訴訟代理人で乙事件の被告兼被告訴訟代理人であった者である。

2  平成二年一二月一九日、被告は、甲事件における原告らの訴訟活動について、原告らを、東京地方検察庁に、別紙記載の事実(以下「本件事実」という。)により、有印私文書変造・同行使、有印私文書偽造教唆・同行使、虚偽有印公文書行使、詐欺未遂の各罪名で告発し、また、原告青木による被告に対する第一東京弁護士会への懲戒請求について、原告青木を誣告の罪名で告訴した(以下「本件告訴告発」という。)。

3  平成三年一二月一九日、被告は、本件事実を理由に原告青木及び原告大嶋を第二東京弁護士会に懲戒請求した(以下「本件懲戒請求」という。)。

4  本件懲戒請求については、平成四年六月一五日、第二東京弁護士会綱紀委員会において「懲戒不相当」の議決がなされ、本件告訴告発については、同年八月五日、「嫌疑なし」を理由とする不起訴処分がなされた。

二争点

1  原告の主張

被告のした本件告訴告発及び本件懲戒請求につき、原告らに対する不法行為が成立する。

2  被告の主張

(一) 本件事実の真実性

本件告訴告発及び本件懲戒請求は、その事由たる本件事実が、真実であり、仮に部分的に真実と相違する点があったとしても、それは事実全体を基本的に変更するものではなく、事実の大綱は同じであるから、不法行為は成立しない。

(二) 犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠の確認

本件告訴告発及び本件懲戒請求は、その事由たる本件事実が、仮に真実でなかったとしても、原告らに犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認の上でしたものであるから、不法行為は成立しない。

第三争点に対する判断

一本件事実の真実性について

〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により、以下のとおり判断する。

1  別紙一の(1)(有印私文書変造・同行使罪)について

〈書証番号略〉の原本(甲事件における〈書証番号略〉)は、社会福祉法人川越老人ホーム(現在の川越市養護老人ホームやまぶき荘、以下「本件老人ホーム」という。)に保管されていた〈書証番号略〉の原本から多田祐子作成名義の健康診断書及び町田利三九(以下「利三九」という。)作成名義の誓約書の二通の文書を除いた上、その第二丁の表側に有限会社町田工務店代表取締役町田喜作の名刺を重ねて複写し、さらに本件老人ホーム保管の他の文書を複写したものを合わせて綴じ、その第一丁の裏面に昭和六一年六月二四日の日付印、本件老人ホーム理事長長川合喜一の記名印及び本件老人ホーム理事長の印が押印され、各丁に本件老人ホーム理事長の印で割印がされたものであるところ、右押印、割印が無権限でされたと認めるに足りる証拠はなく、また〈書証番号略〉は作成名義が複数人であるそれぞれ独立した文書の集合体であり、前記二通の文書を除いて複写したことは、文書の内容の変更とはいえず、別紙一の(1)記載の事実は真実とは認められない。

2  別紙一の(2)(有印私文書偽造教唆・同行使罪)について

〈書証番号略〉の原本(甲事件における〈書証番号略〉)は、本件老人ホームの事務長山崎定治が、本件老人ホームの園長名義で作成し、同園長の印鑑を押印したものであると認められるが、右山崎が権限なく園長名義の文書を作成したと認めるに足りる証拠はなく、別紙一の(2)記載の事実は真実とは認められない。

3  別紙一の(3)(虚偽有印公文書行使罪)について

〈書証番号略〉の原本(甲事件における〈書証番号略〉)については、国立西埼玉中央病院院長(又は院長から右文書の作成権限を与えられた者)が利三九の病名について虚偽の文書を作成する理由はなく、他に虚偽文書であると談めるに足りる証拠はないので、別紙一の(3)記載の事実は真実とは認められない。

4  以上を前提とすれば、別紙一記載の詐欺未遂罪の事実及び同二記載の誣告罪の事実についても真実とは認められない。

二犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠の確認について

1 そもそも、告訴、告発及び弁護士に対する懲戒請求はそれを受けた者の名誉を著しく損う危険を伴うものであるから、それらを行うには慎重な注意を要し、犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認せずに告訴、告発及び懲戒請求をした場合には、相手方に対して不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。

加えて、弁護士は、犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠の調査、検討について一般人より高度な能力を有するといえるから、弁護士が告訴告発及び懲戒請求をする場合には、右根拠の確認につき、一般人より高度な注意義務が課せられるというべきである。

2  これを、本件についてみると、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

〈書証番号略〉の作成経緯について、被告は、本件老人ホームの関係者に問合せをしておらず、〈書証番号略〉の作成の経緯についても、被告は、自らは本件老人ホームに問合せをせず、甲事件の依頼者であった大野守の母と妹が、本件老人ホームに行き、園長と事務長の山崎定治に同号証について尋ねたところ、園長は烈火のごとく怒り出し、山崎は自分が書いたことは認めて弁解しなかったという旨の報告を両名から受けたのみであり、〈書証番号略〉の作成の経緯については、被告は、国立西埼玉中央病院に電話で問合せたものの、既に利三九のカルテはなく、〈書証番号略〉の作成の担当者も判明しなかった。

そして、被告は、各文書の作成の経緯について、右の程度の調査をしただけで、専ら、利三九が脳軟化症ではなかったという確信にのみ基づいて、それに反する甲事件での原告らの主張及び書証の提出につき、訴訟詐欺、有印私文書変造・同行使、有印私文書偽造教唆・同行使及び虚偽有印公文書行使の各犯罪を構成すると考えて本件告訴告発及び本件懲戒請求に及んだものである。

3 被告が弁護士であり、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的な根拠の確認つき一般人より高度な注意義務を課せられることからすれば、本件で被告のした調査はあまりに不十分であり、かつ告訴告発及び懲戒請求をした判断もあまりに軽率であったといわざるを得ない。

よって、本件告訴告発及び本件懲戒請求は、被告が犯罪(懲戒事由)の嫌疑をかけるにつき相当な客観的根拠の確認をせずにしたものであり、原告らに対する不法行為が成立する。

三損害

本件事実の内容、原告らの防御の負担、並びに原告青木及び原告大嶋については、懲戒請求により同人らの弁護士としての名誉も傷つけられたことを考慮すれば、原告らが被告の本件告訴告発及び本件懲戒請求により受けた精神的損害を慰藉するには、原告町田及び原告山崎については各金三〇万円、原告青木及び原告大嶋については各金五〇万円が相当である。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官小川浩 裁判官楡井英夫)

別紙

被告発人町田喜一は、浦和地方裁判所昭和六一年(ワ)第一三〇三号土地所有権登記抹消手続等請求事件の原告、青木亮三郎、大嶋芳樹はいずれも右民事事件の原告訴訟代理人弁護士、山崎弘二は右町田喜一のかねてよりの友人であるが、

一 被告発人は、四名共謀の上、訴訟手続を利用して右民事事件の被告である大野守から、同人所有にかかる埼玉県飯能市〈番地略〉所在の土地(地積合計380.16平方メートル)を騙取しようと企て、右土地はかつて被告発人町田喜一の伯父町田利三九の賃借していた国有地であったところ、大野守が昭和四一年一一月三〇日、町田利三九からいずれも真正に地上建物と共に同土地を買い受ける売買契約を締結した上、昭和四三年一一月二一日所有権移転登記手続を完了していたにもかかわらず、右民事裁判において、町田利三九が脳軟化症により意思能力が欠如していることに乗じて、町田利三九に無断で町田利三九名義をもって右国有地の払下申請に及び、町田利三九の実印を盗用し、右土地売買契約名下にその所有を奪った旨虚構の事実を主張した上、

(1) 昭和六一年六月二四日ころ、東京都豊島区〈番地略〉所在の被告発人青木亮三郎の法律事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに、町田利三九が昭和四三年九月一七日から同年一二月二四日まで社会福祉法人川越老人ホームに入園していた間の入園状況等が記録された同老人ホーム園長川合喜一作成にかかる真正な入園者名簿から、同名簿と一体なものとしてこれに編綴されていた同人の主治医多田祐子作成にかかる健康診断書及び同老人ホームの規律等を守る旨の町田利三九の署名捺印がなされた誓約書をそれぞれ抜き取った上、残った入園者名簿の写を作成して同園長の印鑑で割印をなし、もって同園長作成名義の事実証明に関する有印私文書一通を変造し、平成元年二月八日、浦和市〈番地略〉所在の浦和地方裁判所で開かれた前記民事裁判の第一五回口頭弁論期日において、これを真正に成立したもののように装い、〈書証番号略〉として提出行使し、

(2) 平成二年八月一六日ころ、川越市〈番地略〉所在の川越市養護老人ホームやまぶき荘において、右老人ホームの事務長山崎定治を教唆して、右山崎定治をして、行使の目的をもって、ほしいままに、証明書の表題の下に町田利三九が脳軟化症後遺症であった旨記載した上、同老人ホーム園長冨田幸治の氏名を冒署し、その名下に「川越市養護老人ホームやまぶき荘園長の印」と刻された印を冒捺し、もって事実証明に関する有印私文書一通を偽造せしめ、同月二九日同裁判所で開かれた前記民事裁判の第二四回口頭弁論期日において、これを真正に成立したもののように装い、〈書証番号略〉として提出行使し、

(3) 平成元年四月五日、同裁判所で開かれた同事件の第一六回口頭弁論期日において、町田利三九が昭和四三年一月一〇日から同年九月五日までの間、脳軟化症により国立西埼玉中央病院に入院していた旨記載された同病院長加来道隆作成名義の証明書と題する書面が、内容虚偽の公文書であることの情を知りながら、〈書証番号略〉として提出行使し、

同裁判所を欺罔して、勝訴判決を得、前記土地を騙取しようとしたが、右民事事件の被告代理人弁護士である告発人に、犯行を看破されたため、その目的を遂げなかった。

二 被告訴人青木亮三郎は、前記第一記載の訴訟詐欺行為を看破した告訴人から平成二年四月二五日開かれた前記民事事件の第二一回口頭弁論期日で被告訴人らの行為は詐欺罪を構成する旨主張され、自己らの犯行が露見したことを怨み、告訴人に懲戒処分を受けさせる目的をもって、平成二年八月一三日、告訴人所属の第一東京弁護士会に対し、弁護士法に基づく懲戒の請求をなし、もって告訴人を誣告したものである。

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